Y 佐藤正午 著

Y
私が買ったのはホントは文庫本(ISBN:4894568586)の方なんだけど、そっちはNo Imageだったので単行本の方をリンク。


佐藤正午の本は初読。
初読の文章は、夜の果てまで (角川文庫)の解説にて。
その本を読んだときは書かなかったけど、解説をあんなに読まされたのは初めてで、かなり驚いた。
表現力の妙というのかな。
雑誌を破りとって読む二人の、加速されていく感じが良く表現されていた。
物語の余韻もあったのかもしれないけれど、あれほどのめり込んで解説を読み、その後、人に読んで聞かせすらしたのは、筆者の表現力に依るものであることは間違いないと思う。


この本についても同じことが言えて、筆者のデッサン力というか写実的表現の確かさによって、その場面場面が目にうかぶ様な体験をさせて貰った。
物語のプロットも面白いし、この手のプロットではありがちな前後関係の齟齬も見あたらなかった。
素晴らしい作品だと思う。


ただ、後半の写実的な表現に目を見張る一方で、前半の叙情的表現が多用される部分がかなり弱く感じられた。
上と同じような表現をつかうのであれば、なかなかその感情が入ってこない感じで、かなりもどかしい思いをした。


端的に言うならば、「18年前に戻りたい」という気持ちが余り感じられなかった。
今の全てを抛ってでも18年前に戻りたいという強い思いこそが、この物語の始まりであるはずなのに全くそれが感じられなかった。
更に言及するならば、主人公の足を悪くした苦悩についても、あまり表現されていなかった気がする。
だから、エージェントの女性にキれるシーンでは、かなり唐突な感じを受けた。
上の二つに代表されるような、感情表現の薄さが残念だと思う。


筋に難癖を付けるようだが、感情がらみでは、18年前に戻った直後の彼の行動が全く理解できなかった。
妻子を抛って、今の生活の全て、所謂「幸福」と表現されるような生活を抛ってまで、18年前の「女」を求めた筈なのに、その場で一緒に降りることをせず、抛った妻の両親を助けに行く不思議さ。
18年間で戻れたらやることを「決めていた」筈だし、「欲した」と述懐すらしているというのに。
感情が上手く制御できないのが人間だし、抛ったと決めたものも容易に手放せない心理も分かるけれど、だとすればその感情の動きについてもう少し言及があっても良かったのではないか?
まぁ、ここで女と降りてしまっていたら、お話が全く広がらなくなってしまうというのも分かるのだけれども。


また、比喩表現に難がある感じがした。
頭で考えた比喩で、心に響かないような。


あと、「自身」を「じしん」と記述する意味が知りたいです。
妙に目についてしまって。



本文には全然関係が無いんだけれども、時間と平行世界を題材にしたお話で、個人的に最初に思い浮かぶのは、松本零士のミライザーバン(ISBN:4062606259)だ。
マンガだけども(w
このマンガの主人公のバン(本名忘れた)は、確か、自分の子孫の中に記憶を持ったまま転生することができるように、改造されたとか何とかいう設定だったと思う。


まぁ、その辺を踏まえて*1この話の18年前に戻る件を観察すると、18年前に旅立ってしまったら、その世界では死んでしまって、記憶だけが18年前に戻る。
でも、戻られた18年前の、つまり18年後から乗り移られる前の人格ってのは、どーなってるんだろう?
重なっているから関係ないと言うことになるのかもしれないけれど、18年前とのループを繰り返すのであれば、その戻り点には、様々な時点での自分が重なることになるわけだ。
その重なった自分はどうなるのだろう?
押し出されて、消えちゃっている様な気がする…
だとすると終了地点だけでなく、スタート地点すらも無くなってしまうわけで…
まぁ、荒唐無稽な話に答えを求めるだけエネルギーの無駄遣いかもしれない。*2

*1:踏まえてないかもしれないけど

*2:気づくの遅すぎ